秀英明朝の差異と、ヒラギノ角ゴのADとUD

先日、札幌へ行くために、駅のキオスクで少ない品揃えの中からチョイスした、西加奈子さんの小説「円卓」の文庫版(文藝春秋)には、本文に「秀英明朝L」(モリサワから販売されているもの)が使われていました。好きな書体であったことに加え、内容も面白そうだったので、すぐさまレジへ。

ヒラギノUD角ゴF

30ページで発見したのが、上のゴシック体。こちらは「ヒラギノ角ゴAD仮名」? それとも「ヒラギノUD角ゴF」? 疑問に思い、高解像度でスキャンしたものをMacで検証したところ、「ヒラギノUD角ゴF」のよう。どちらにせよ、「ヒラギノUD角ゴF」は「ヒラギノ角ゴAD仮名」が基なので、ほとんど同じです(※1)。

「円卓」は先週の木曜日に読んだもの。そして翌日に読んだのが、新潮文庫「楽園のカンヴァス」(原田マハ・新潮社)で、本文書体が「秀英明朝」であることはどちらも同じです。けれど、前日に読んだ「円卓」とは印象が違います。なにが違う? 濃度? コントラスト? 印刷の都合なのかは分からないけれど、「楽園のカンヴァス」は「円卓」よりも本文が薄いのです。

読み進めるうちに、この「ちょっと薄い」本文の正体が「改刻前の秀英明朝である」ことに気づきました。大日本印刷のオリジナル書体「秀英体」は、2005年から始まった「平成の大改刻」で、大きく作り変えられたのです。改刻後の秀英明朝は、電子書籍をはじめとするモニタでの表示も勘案され、横画が少し太くなりました。印刷の都合とかじゃなかった……!

き

いまモリサワからリリースされている秀英明朝が「改刻後」(右)のもの。「楽園のカンヴァス」で使われている秀英明朝は「改刻前」(左)のものです。改刻前の秀英細明朝は、改刻後の秀英明朝Lとの差を見いだすのが少し難しいのですが(とくに言葉で説明するのが難しい)、「き」の違いは言葉で説明しやすいくらいに顕著です。

左(改刻前)は、3角目のふくらみが「上に向かって引っ張られるような感じ」に見える(※3)のに対して、右(改刻後)は「落ち着いた感じ」です。よって、2角目の線と3角目の空間に違いが出ています。

141ページからは太めの秀英明朝が使われるようになり、違いが分かりやすくなりました。

秀英太いの

とりわけ「か」「た」「な」の違いが顕著です。お分かり頂けたでしょうか。

* * *

面白かったのが、「改刻前の秀英」と「改刻後の秀英」という、微妙な差異でも味わいが違ったことです。本の内容にも左右されるので、どこまで正しい感覚かは分からないのですが、「楽園のカンヴァス」(改刻前)ではサラッとした印象。「円卓」(改刻後)はどっしりとした印象。改刻後の秀英明朝に対しては「かわいい」という印象を持ちました。

この「かわいい」という気持ちが何によるものかを考えていたところ、この「平成の大改刻」を記した書籍(『一〇〇年目の書体づくり―「秀英体 平成の大改刻の記録」』大日本印刷株式会社)の104ページに、グラフィックデザイナー祖父江慎さんへのインタビュー記事があり、「かわいい」の正体が「おおらか」であったことに気づきました。以下引用。

〈ヒアリングでは、組版やレイアウトへの影響も含め、祖父江さんから意見を引き出していった。たとえば、秀英明朝の横画は、改刻後はいくぶん太くなっている。そうすると、文章を組んだとき、版面全体が黒みを増すことにもなるのだが……。

「むしろ『おおらかでいいじゃん!』と思いました。というのも、秀英明朝がリリースされる前は、横画が細い明朝体しかなくて……。神経質な印象を与えちゃう可能性があるんですよ。そういう趣が似合う場合はいいんだけど、おおらかさを醸し出したいときに使える本文書体が少なくて困っていた。その点、秀英明朝はバランスがいい。本文組みの幅が広がってうれしい!」〉

また、新潮文庫(楽園のカンヴァス)に使われている書体が、いまモリサワから出ているものと違う旨をTwitterでつぶやいたら、秀英体の開発に携わっておられた、佐々木愛さんから以下のようなリプライを頂きました。佐々木さん、ありがとうございます。

〈これは改刻前(=CTS)の秀英中明朝です。CTSの細・中・太はファミリーって呼んでるけど、骨格からバラバラなので。〉(※2)

〈新潮(文芸誌)および、単行本と文庫は、元CTSの現場が担当してて、ここは今でも改刻前の秀英体です。〉

※1「ヒラギノUD角ゴF」は、「ヒラギノ角ゴシック体」の漢字と「ヒラギノ角ゴAD仮名」の仮名をベースに作られた、漢字・仮名の両方を含む書体。仮名だけの「AD仮名」に対して、濁点・半濁点が大きく設計されているほか、W3〜W6でカーニングテーブルが共有されているので、ウエイトを変えてもレイアウトが崩れないのが特徴。濁点・半濁点の大きいUD角ゴFは、AD仮名に比べて、少しシャープに見える(個人の感想です)。

※2 Twitterにアップした画像は、「楽園のカンヴァス」に登場する「物語」、つまり他よりも太い文字の部分が大半(細いのもアップしましたが)。

※3 全体のバランスでそう見えるだけなので、本当に「上に向かって引っ張られる」ように設計されているわけではないかもしれません。

村上春樹さん新作タイトルの書体

01

村上春樹さんの新作
「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」 が発売となって
話題になっていますね。 でも僕、この装丁をはじめて見たとき
「アレッ!」と思いました。 タイトルの書体に違和感があるんです。

08

「A1明朝」を太らせて使っているようですが、
「た」という字だけ違うんですね。

13  14

左=A1明朝(太らせたもの) 右=小説タイトルの文字

15

重ね合わせてみたりもします。
(赤がA1明朝で、青が小説タイトルの文字)
三角目がやや下に降りているのが分かります。
四角目にも少し変更が施されているようです。
どういう意図でこのような変更をしたのか、
装丁を担当された方に訊いてみたくもありますね。